大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 昭和46年(ネ)133号 判決

控訴人 小川錠三郎

訴訟代理人 米沢保

被控訴人 中川美佐子

訴訟代理人 平野安兵衛

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。昭和四五年八月三一日付愛知県安城市長あて届出をもつてなした控訴人・被控訴人間の協議離婚は無効であることを確認する。訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述ならびに証拠の提出・援用・認否は、控訴代理人において当審証人高木芳治郎、同玉丸久七の各証言、当審における控訴人本人尋問の結果を援用し、当裁判所は職権で被控訴本人を尋問したと付加するほか原判決事実摘示と同一であるから、右記載をここに引用する。

理由

一、その方式および趣旨により公文書と認められるから真正に成立したものと推定される甲第一号証によれば、控訴人と被控訴人とは昭和三三年一二月二三日婚姻届出をなして夫婦となり、両者の間に昭和三四年八月二三日長男哲也が、同三七年七月一八日二男裕二が出生したこと、戸籍簿上昭和四五年八月三一日愛知県安城市長に対する届出をもつて控訴人と被控訴人とが協議離婚をなし、その際右二子の親権者が被控訴人と定められたとの記載の存することが認められる。

二、控訴人は、右協議離婚届出は控訴人の意思に基づくものではなく被控訴人がほしいままになしたものであるから無効であると主張する。よつて判断するに、原審証人杉浦薫、同中川幹雄、当審証人高木芳治郎、同玉丸久七の各証言、原審および当審における控訴人および被控訴人各本人尋問の結果を総合すれば、左の事実が認められる。

控訴人と被控訴人は、夫婦仲がとかく円満を欠き昭和四四年ころからは別れ話も持ち上るようになつていたが、同四五年六月上旬被控訴人は控訴人が飲酒して暴行を働くのに堪え兼ね、離婚を決意して単身安城市の実家に帰つてしまつた。控訴人は、当時軽量鉄骨の製造工場に勤務し、かたわら住居の近くの市場内で菓子の小売店を経営しており、被控訴人は別居後も同年八月ころまで右店舗に通勤しその営業を継続していた。

両者の別れ話については、控訴人側の親・親戚も構いつけない有様であつたので、被控訴人は訴外中川幹雄(弟)、同杉浦薫(叔父)とともに控訴人方に赴き四回に及び交渉の結果、控訴人、被控訴人、右中川、杉浦四名立会の席上で両者離婚の合意ができた。そこで、被控訴人側から用意してきた離婚届用紙を出して控訴人に署名捺印を求めたが、控訴人は、自分は文字を書くことは苦手であるから被控訴人の方で控訴人の氏名を書いておいてもらいたいといつて捺印しただけで被控訴人に右用紙を返付した。そこで、被控訴人側において控訴人の署名欄に代書し、その他右用紙の空欄を補充して離婚届を完成し、これを昭和四五年八月三一日安城市長に提出し離婚届出をしたものである。

さて、哲也、裕二の二子については、被控訴人の別居後も前記のように同人が菓子店に通勤している関係で、日中は昼食を与える等面倒を見ていたが、控訴人としては子供は自分が親権者として育てるという考であり、離婚の折衝にあたつてもこれを当然の前提とし(被控訴人は単身で家を出ていたこと前記のとおりである。)、親権者決定の協議には立ち入らなかつた。一方被控訴人も離婚後は自ら親権者として子供を育てる決意であつて前記離婚の合意成立の席上でもこれを一応控訴人に申し入れたが、その拒否にあうや、前記離婚届の親権者欄が空白であつたのを奇貨とし、同欄に自己の氏名を記載して離婚の届出をなした。前記菓子店の店舗は控訴人が同年八月末これを他人に売却してしまい、これに伴い、被控訴人と子供らとの連絡もとだえたが、被控訴人は同年九月末子供らを転校させる手続(当時長男は小学校六年生、二男は三年生)をとり、叔父にたのんで下校の途中から被控訴人方に連れて来させ、爾来被控訴人において養育している。控訴人としては、被控訴人と離別することには異存はないが、子供を控訴人に無断でつれて行つた被控訴人の態度に納得できないので、本件訴訟を提起して前記協議離婚の効力を争つているのである。

右のように認められ、これに反する原審証人中川幹雄の証言、原審および当審における控訴人、被控訴人各本人尋問の結果は信用できず、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。右認定の事実関係によれば、本件協議離婚届出については、離婚そのものは当事者に合意が成立し、控訴人の意思に基づき被控訴人において安城市長にこれが届出をなしたのであるが、該届書に離婚後の二子の親権者を被控訴人と定めたとある点は事実に相違し、実際は両者の間にいまだ親権者を定める協議が成立していなかつたものということができる。

三、およそ夫婦が協議離婚をする場合において、協議によりその一方を子の親権者と定めることは協議離婚の要件であつて、戸籍を管掌する市町村長は右協議の成立したことが認められない限り離婚の届出を受理することができないのであるが、一方において離婚の届出がこれに違反して受理されたならば、離婚はこれがためにその効力を妨げられることはないとされているのである(民法七六五条二項)。本件においては、離婚届書中には前認定のとおり離婚後の二子の親権者として被控訴人を定めるとの記載があつたのであるから、安城市長が右届書を適法なものとして受理したのが民法七六五条一項の規定に違反したものということはできないけれども、事案の実体に着目して考えるときは親権者を定める協議がいまだ成立していないのにかかわらず離婚届が受理されている点において同条二項所定の場合と何ら異なるところがないから同項の規定の準用があるものと解するのが相当である。すなわち本件協議離婚の効力は、親権者を定める協議が成立していないにかかわらず成立したもののごとく離婚届書に記載せられそのまま受理せられたとの一事により何ら妨げられることはないというべきである。よつて、本件協議離婚は無効ではなく、その無効確認を求める控訴人の本訴請求は失当として棄却すべきものである。(なお、本件においては、離婚後親権を行使すべき者が定められないまま協議離婚の効力が発生したのであるから、二子については控訴人、被控訴人の共同親権が現に継続中である。従つて当事者は戸籍訂正の手続により現に存する被控訴人を親権者と定める旨の戸籍上の記載を抹消したうえ、協議によりあらためて親権者を定め、その届出を追完すべきものである。右念のため付言する。)

四、以上説示のとおりであるから右と結論を同じくする原判決は相当であり、本件控訴は理由なしとしてこれを棄却すべきものである。

よつて、控訴費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤淳吉 裁判官 宮本聖司 裁判官 新村正人)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例